池松宏の合宿

残念ながら「阪急そば」に行く時間がなかったとは言え、そもそもの目的は勉強会。その勉強会なるものの正体をご紹介させて頂きます。


コントラバスの池松宏はN響の首席を辞め、今はニュージーランドのオーケストラの首席コントラバス奏者。僕は彼とは学生時代の多くの時間を一緒に過ごした仲で、桐朋学園は夜の10時に学校が閉まるんですが、9時45分からかならず毎日ロッシーニの「チェロとコントラバスの為のソナタ」を一度一緒に合わせてから学校を出ると言う生活を1年ほど続けた事があります。よくこのブログでも書く矢部くんと同じように刎頸の友ですね。

そんな池松宏が長い間独特の合宿をしている。
今回はコントラバスの学生さん達が6人、そして僕を含めたカルテットがいる。カルテットはオーケストラのパートを弾き、そこに生徒さん達がコントラバスのパートを弾く。
例えば、マーラーの5番のシンフォニーの第4楽章の「アダージェット」の冒頭。
そのコントラバスが出るピチカートのタイミング、音の質、音のスピード、音程、全てを一人ずつカルテットと演奏して検証する。もちろん池松氏の意見、指導が中心だけど、僕を含めたカルテットの面々が意見や希望、感想を述べる。
そんなピチカート1音だけで1時間以上の時間をかけて勉強する。


さらにブラームスの1番の一部分では池松氏が
「なあ、ひろやす、いつもこの曲のこの部分をやる時はコントラバスに対してどんな風に思ってんの?」と言う。
僕は
「いつ弾いてもここはコントラバスが遅く感じる」
池松
「ホント?ちょっとそれは自覚ないよ、1回一人ずつやってみよう」

そして全ての学生さんが弾き終わると池松氏が
「自覚なかったけど、確かに遅い。原因がわかった」

という様にコントラバスの肝となる部分を取り出して検証と勉強をするという合宿なんです。学生さんも凄く勉強になるとは思いますが、僕の方が多分勉強になったと思う。「そういう想いがあるからコントラバスはそう弾いていたのか」「チェロのこの音型が遅く聴こえるからコントラバスが困っていたんだ」という事を知るような事例があまりに多し。

勉強した曲は、そのマーラーの5番、ブラームスの1番、チャイコフスキーの「ロココ・バリエーション」、ベルリオーズ「幻想」、ロッシーニ「チェロとコントラバスの為のソナタ」。モーツアルト「ジュピター」、ベートーベンの2番etc・・・。
それらの曲のほんの一部分だけを徹底的に。
一緒に勉強したいと、若い指揮者の松村さんも自腹で参加。ずっと振ってくれていて、それはそれは小さなオーケストラでの勉強会はまさに「現場」と化していました。ありがたかったな。


一発のピチカートを池松がはじくと世界が変わる、そんな先生としての彼の模範を聴いて、「おまえ、やっぱり上手いなぁ」と言うと彼は
「この一発で食べてるから当たり前だろ」と。

そんな彼は彼でロッシーニのレッスンの時、
「お前も20年前に比べて上手くなったなぁ、ソルフェージュもろくに出来なくて浪人した人間でもこのレベルまでは来れるんだから、みんな頑張りなよ」と生徒に言う。

こんな憎まれ口を叩く池松宏を尊敬している。
なかなかこういう合宿はやりたくても実行出来ませんし。
いいバス弾き達が育ち、日本のオーケストラの低音を支えて欲しい。
そして僕も、もっといいオケマンになろうと決意する芦屋の数日間でした。