トンカツ論 第1章 モラルとルール

「むつみ」という前世紀から現在に至るまで、最高峰のトンカツ店が京王線千歳烏山にある。僕は22年前、その「むつみ」の裏手に住んでおり、当時から引っ越した今現在まで、とにかく良く通っている。


トンカツは食べ方にマナーがある。
さらに食べ進む中での順序や不公平感のある減り方があってはならない。それはトンカツを食べる者としての矜持として頂きたい。
でもこれは僕の中だけでのモラルとルールであるが、それを無視した者には、例えそれが政治家だろうと、マフィアだろうと許す事はない。


まずはマナーだが、主役であるトンカツを右端から食べるのか左端から食べるのか、はてまた1番大きく立派な真ん中から食べるかという事を決めなければならない。
なぜなら、店の巨匠は1番美味しいど真ん中の一切れを食べる時間によって余熱の時間を変えているからである。端から食べる人間には余熱の時間を短くして、端から食べて真ん中に行き着く時間をも計算されているからだ。まずはそのトンカツに対してのどういうスタートを切るかという生き様を明確にすべきだ。


本当に美味しいトンカツ店は、ソースをかけない方が良いと僕は信じている。当然名店であればあるほどそのソースへの恐ろしい程のこだわりがあるのはもちろん知っている。
だが、本当に豚肉の質や美味さを知るには、塩で充分である。それが1番肉の旨味を知る事が出来る。その次は醤油である。しかし醤油はかけ過ぎるのは禁物である。
7切れあったら、塩3、醤油3、そしてソース1のバランスにこだわりたい。トンカツが出来上がって出された瞬間にソースをジャバジャバかける輩がいるが、見てるこっちがヒヤヒヤする。

今回は食べ方の一例を紹介しておこう。
最初にトンカツの一切れを食べる事は店主に対しての挑戦と受け取られかねないのでお薦めはしない。どんなに飢餓状態でも、豚汁で口を湿らせよう。冷静でないと豚肉の味はわからないものである。そしてカツを軽く一口頂こう。溢れる肉の旨味を味わったら軽くご飯を食べて心も落ちつかせ、口の中を再びモノトーンにしておく必要がある。そのあとはキャベツを頂き、春キャベツであれば切り方が細いかどうか等を確認する事は必須である。キャベツは侮ってはいけない。若さ、あるいは飢餓状態でどうしてもご飯をおかわりしようと企んでいるのなら、一杯目のご飯で7切れのトンカツの4切れ目までは食べておこう。その1番美味しいとされている一切れは前半戦に堪能する事を勧める。難しいのが食べ終わり方である。最後の一口がキャベツでない事は確かである。最後がトンカツであるべきか、ご飯であるべきか、さらには豚汁の汁なのか。絶品のトンカツの味を口の中に残しておきたい気持ちはわかる。だが、その芸術品を自ら何らかの物で蓋をする事が紳士的だと信じている。だとすると、ご飯か豚汁となる。豚汁と過程すると、やはり無理に押し込むモラルのなさを露呈する気もする。やはりご飯か。そこにお漬け物と一緒に最後のご飯で蓋をする、これが最も紳士的で知的でトンカツへの愛情を表現した終わり方ではないだろうか。