トンカツ論 第2章 昇天ロースを知るべし

この「むつみ」のメニューには
ロース
ヒレ
串カツ
ミートコロッケ
エビフライ
盛り合わせ(コロッケ、一口ヒレ、エビ、串カツ)がある。
今日はこの中でロースをフューチャーして論じようと思う。
ここの店の最大の特徴として、肉はロースが270グラム、ヒレが190グラムというボリューム感。これに圧倒されて味わう気力を失いかける程である。しかしこの味を知ったら最後、ダイエットという言葉がいかに空虚で世間が作った馬鹿馬鹿しいイメージに過ぎないという事に気付く筈である。ところがやはり僕も新陳代謝が悪くなりかけて来た30代後半、何かそのエセダイエット情報が脳の何処かにひっかかっていたのか、脂身が少ないというつまらない理由のみで「ヒレ」を注文する事も少なくなかった。
その時「むつみ」の店主はほとんどの時こう言うのであった。
「ロースだろ?ロースって言ったよな」とか「とにかく黙ってロースを待ってろ」と。こう言う時は最高のロースの肉が入っている時なのである。ある時などは「盛り合わせにするよ今日は」というと、すかさず「そんなメニューうちにはないな」と言ってロースを出していた。


店主曰く、ヒレは水分が多く、揚がってからすぐに食べないと旨味がどんどん下に落ちてしまう。だから盛り合わせを頼んだ時は最初に一口ヒレを食べなければならないらしい。ロースをいつも出してくれたおかげで、正直に言うと僕はヒレの道を語れる程の経験はかなり乏しい。しかし22年の間に時々頂いた「ヒレ」は、その豚がイケメンで、程よくスポーツを愛し、ちゃんと教育を受けた育ちの良い豚であると、そこまでわかる程の素晴らしさであった事だけは記しておこう。


一方ロース。僕は右端から食べるのであるが、ここの店主はその脂身の少ない、つまり水分の多い方を右端に置いてくれているのである。トンカツに身を委ねる贅沢。さらにコロモは二度つけてから揚げる徹底ぶり。それはロースの肉のボリュームがある為に肉汁を閉じ込めるためらしい。コロモの秘密はここで明かせないが、実にそれだけ食べても美味しい工夫がある。そこに閉じ込められていた肉汁がしみ込んだコロモは単体で食しても充分ご飯一杯ぐらいは食べれる程の味わいなのである。
ここの店には多くの友人を連れて来た。そしてみんなこのロースを食べて昇天した。そして各々のペースで常連客としての道を歩み始めるのである。
最初に連れて行った友人が矢部達哉さんである。その時僕はこう絶賛して誘ったらしい。「コロモが肉から落ちないんだよ」と。彼は当時を回想しながらこう言った「そんな事は美味しいトンカツの理由に全くなっていないけど、一度行ってやろうと思った。このトンカツフリークの僕をなめちゃあかんよと思いながら一口食べて昇天した」と。
それから彼も22年間通いつづけているのだ。