オペラハウスまで

ホテルからオペラハウスまでは歩いてもたいした距離ではない。
ただし「楽器を持って雨が降っているとちょっと」という距離。

とは言え、いつもオペラハウスにかなり早く行って練習したいという親友と、
時間をかけてウォーミングアップをして練習したい僕の利害が一致して、毎日彼が運転する車で劇場に行っている。
というか、彼が僕を迎えに来てくれている。

このブログをよく読んでいてくださる方なら誰だかピンと来るかも知れないけれど、
サイトウキネン・フェスティバルで僕を迎えに来る運転手は矢部くんという一流のバイオリニストだ。
彼とは30年近くの付き合いではあるし、事があるごとにいろんな相談もした。当然音楽の事も本当に多くの事を教わって来た尊敬する親友だ。
まあその事はいつか書こうとは思う。

その彼の車に乗り込むと、ブラームスのピアノ協奏曲の2番のCDがかかっていた。
僕がそのCDに向かって無駄に指揮をしていると、彼は
「このピアニスト、オペラハウスに着くまでに当てたら今晩のご飯は僕が奢る」と言った。
いろんなピアニストの顔が浮かんでは消えていった。
そんなピアニストよりも3楽章のチェロのソロの素晴らしさに感嘆していた。
本当に素晴らしい音と音楽そして、伝承された何かを感じて劇場の駐車場に着いたとき
「ウィーフィルでピアニストはグリモーかな?」
と答えてみた。
エンジンを止めながら
「なんで?理由は?」と。
まあ諸々の理由を言ったら
「しょうがないな。今晩はおごるよ」と。
当たったらしい。
グリモーについては僕はピアニストではないから語るべきではないけれど、オーケストラのその音楽の伝承には本当に驚いた。バックハウス・ウィーフィル、チェロソロがブラベッツさんの名盤から数十年、
時代も演奏もいろんな事が過ぎて行ったけれど、脈々と受け継がれている事に感動し、そしてこれが演奏家がしなきゃいけない事なんだと言う事を再認識した。

親友は、いつもなんて事ないそういう事で僕に必ずメッセージを送る。
本当に1日たりとも気が抜けないのよ。彼といると。

ありがたいの一言だけど。