オーケストラ

いつの間にかオーケストラで働く様になって20数年という月日が過ぎた。
去年の4月、門脇さんという新たな首席チェロ奏者を神奈川フィルは迎えた。
素晴らしい30歳の若者で努力家なんて事は言うに及ばず、人間としても最高の人物が首席奏者となった。
もちろん隣同士で一緒に演奏する事もある。
そんな彼から質問をされた。
「どうしてそんなに確信を持って弾けるのですか?」と。
それは門脇さんの目には僕が確信を持って弾いている様に見えたのだろう。
「何も確信はないよ。20数年オーケストラを弾いて来て、門脇君より何か違う物があるとすれば『勇気』と爪の長さが短い事だけだよ」と言った記憶がある。
そう、ただの勇気だけ。
もちろん僕の中には「こういう時はこうしよう」みたいな本当に小さなミクロの方程式は多くあるかもしれない。だけど確信なんて1つもない。未だに迷ってる。迷い続けながらいまだに生きている。
オーケストラの首席奏者の仕事、未だに全くわからない。
一緒に弾く時は彼が首席を弾く時ももちろんある。
僕はその若きチェリストがやろうとする事にもの凄く興味があるし、実際勉強になっている。
「僕ならこうするけどな」なんて事は思った事もない。
確かに僕はオーケストラの首席チェロ奏者という山を門脇さんよりは早く登りだしているから、後から登って来てる門脇さんをちょっと上から眺めているかも知れない。
でも、僕がこうすべきだと彼に言えるような事はないな。
そんな山の頂上なんて多分見える事も今後ないだろうな。頂上を見た事のない山に登っている訳だし。

僕の登り方より門脇さんはより慎重に、そして大胆に見える。
僕の出来なかった事を軽々やってのけたりもする。
僕が彼にしてあげられる事は、彼が音楽に夢中になれる環境を整えてあげられる事だけだと思ってる。
しかもそれは僕の義務でもあり、大事な仕事だと思ってる。

門脇さんだけではなく、ここ数年で入団してくれた優れたプレイヤー達をなんとか音楽に集中できる環境を作ってあげたいと思ってるけどな。