最近、僕は変

僕はどうも偏執狂のような気がしている。
仕事は車で行く事がほとんどだけど、運転しながら何かと音楽は聴く。
その聴き方がちょっと問題があるような気がする。

(こりゃたまらん)と1度思うと、何日も繰り返してその曲を聴く事が普通になっている。今はブラームスの弦楽5重奏の2番。年末から何度聴いただろう。
10回20回じゃ済まない。

それはいいとして、この2番。たまらんのよね。


2番と名のつく曲、僕は相当好きな曲が多い。
それも偏執狂が顔をだしてヘビーローテーションで聴いた曲が沢山ある。
ブラームスだけでも今の弦楽5重奏の2番、弦楽6重奏の2番、
ピアノ・カルテットの2番、チェロソナタの2番などバイオリンソナタの2番等々。ブラームス以外では、モーツアルトのピアノカルテットの2番、シューベルトのピアノトリオの2番、フォーレのピアノクインテットの2番などなど本当に何度聴いても気が済む事が無かった曲達。
とは言うものの、1番が好きでない訳では全く無く、たまたまハマってしまった曲に2番が多いというだけの事なんですが。

学生時代、ブラームス室内楽のレッスンを受けていた時、リッカルド・ブレンゴラー先生に言われた。
「君たちの年齢でのブラームスもあるのは理解する。だけど、40歳を過ぎて50歳になった時、初めてブラームスが理解できるだろう」と。

最近、先生の言う「理解する」事とは違うかも知れないけど、ブラームスは凄く僕の現在の気持ちに近い楽曲、作曲家であるなとは思っている。
なにせ、そのブレンゴラー先生に言われた20歳前後の頃の事をやたら思い出し、様々な想い出に耽り、そして懐かしみ、涙を流す事はないにしろ(いや、ちょっと涙ぐんでるかも)もはや戻る事が出来ない僕の青春時代の心模様や、あの壊れやすく感じやすい感覚、そして音楽に対しての純真度合いなどを今の僕にはどれぐらい残っているのかを計ったりしている自分にハッとする日々が続いている。

ブラームス室内楽曲、シンフォニーで言うと3番などは、全くその想いに耽っている時の心情を代弁してくれている、いやそのものじゃないかと思う時すらある。

その弦楽5重奏の2番の1楽章は大学時代の不安と希望を40半ばの人間が懐かしんでいるそのままなんだと思う。
今年に入り、まだ車の中ではこの曲しか聴いていないのだ。


誰かこの気持ちを共有してくれる人はいないかな?