トリプルコンチェルト

夏からずっと重くのしかかっていて押しつぶされそうだったこのベートーベンのトリプルコンチェルトの本番が終了した。
初めて演奏したのがもう20年ほど前。
そして2度目はその3年後。
それから16年間弾く機会はなかった。
昔は良く言えば天真爛漫に弾いていたんだろう。
ここまでの苦悩は味わう事はなかったから。
今回は苦しんだ。
とはいえ、僕は親友に感謝している。
それは、40歳を超えてからというもの、毎年誕生日になると
「誕生日おめでとう。今年も1年、ちゃんと音階練習をして未来に備えましょう」
とお祝いと叱咤激励のメールをくれていた。それはもちろん今年の2月もそうだった。
このトリプルコンチェルト、日々の音階練習が無ければ弾けない。
もちろんそのような練習をしなくても弾ける人もいるだろう。
でも僕には本当に必要だった。
助かった。音階練習だけは毎日やっていたので救われた。



今回、指揮者が清水ダイキくんだった。
彼は元々恐ろしく弾けるバイオリニストだった。
「だった」と言ってもまだ現役でもちろん弾いているし、神奈川フィルにもゲストのコンサートマスターとして来てもらっている。
ただ、左手の故障で薬指が動かない。でも、人の何十倍という努力でその指を使わずに「ドン・ファン」や「第九」などを弾いている。考えられない。
しかもコンサートマスターとして、あらゆるアンテナが張られていて、兎に角安心感のある仕事をいつもしてくれている。

指の事もあり、指揮者として再びヨーロッパを行き来しながら勉強を始め、最近では指揮者としての仕事の方が多くなって来た。

僕は彼の指揮でコンチェルトを共演出来た事が涙が出る程嬉しい。
なぜなら、もう7年程前の夏のバンクーバーで彼から指の事を告白されて「音楽以外の仕事を考えている」と言う彼に対して僕は何の根拠もなかったけど「兎に角ダメだ。それだけはまだ考えるな」と言った。
諦めるのはまだ早いと思ったし、彼の抱える本当の病状を知らなかった事もある。そして彼はバイオリニストとしてもの凄い努力で3本の指のみで弾く技術を磨き続けた。

そして彼が指揮を始めて、いつか一緒に仕事をしたいとずっと願ってきた。
それが今回のトリプルコンチェルトで実現した。
ちゃんとした指揮ぶりの中でも大きな音楽を目指す素晴らしい指揮ぶりだった。
もちろんバイオリニストとして、音楽家として一流であったからこそそういう指揮が出来るんだろうけど、素晴らしかった。
そして彼の本当の辛さも知らず、しかも何の根拠もなく「音楽をやめるな」と言ってしまった贖罪が少し晴れた気持ちになった。

指揮者としてこれから羽ばたこうとする彼に対して何の力にもなってあげられないとは思うけど、ずっと心から応援したいし、活躍を期待している。
本当に心が綺麗で実直、そして半端じゃない努力家の男の目指す音楽は美しい。

そんな男とベートーベンを一緒に出来た事を誇りに思う。

本当に嬉しかった。