ホールという師匠

名古屋の「宗次ホール」でのリサイタルは無事に終了。
高校の時の友人に28年ぶりに会えましたし、名古屋でチェロを学んでいたときの先生や多くの仲間にも会えました。
凄く僕にはいい時間となりました。


最初はその名古屋の先生から手ほどきを受け、高校まで。そしてその後はこのブログにも度々書きましたが、何人もの師匠にチェロ、室内楽等々を教わりました。

問題なのはその後です。オーケストラに入った後、僕は幸いな事に師匠の合宿等々でレッスンをして頂いたり、コンサートを聴きに来て頂いた時に講評を頂いたりしておりましたが、当然学生時代の様にしょっちゅうアドバイスを仰げる訳ではありません。

そこで登場するのが、友人、楽器、ホールという師匠です。
友人に言われた事もこのブログでは多く紹介させて頂いておりますが、楽器から教わる事も本当に多い。学生時代の勘違いの多くは楽器から教えられ間違いである事に気付けましたし、当時師匠から言われた事を消化するのもやはり楽器から教えられて消化出来た事が多いです。でもまだまだ全く発展途上でありまして、いつになっても悩み、落ち込み、考え、そして何かを得る事もあるし、余計に迷宮に入り込む事もしばしば。

先日の宗次ホールでのリサイタルはホールからいろいろ学びました。
ラフマニノフソナタを弾いたのですが、1楽章はフォルテで弾く部分が想像以上に少ない。ピアノ、ピアニッシモの表記が本当に多い楽章なのですが、普通その表記を守ろうとしてはいるのですが、演奏していると段々不安になり、ピアノ、ピアニッシモからだんだん音量が大きくなって行く事が多いんです。それは一緒に共演するピアノの音数の多さからチェロが聴こえないのではという妄想、あるいはあまりにドラマティックな曲故に、入り込み過ぎて自分を見失う、という事が原因かと考えられます。
ところが宗次ホールは勇気を振り絞ってピアノ、ピアニッシモで弾いていても、返って来る自分の音がしっかりと聴こえる。そして、ちゃんと芯がある音で響いている事が確認できるのです。
そして、そこでの僕の挑戦を自由にさせてくれるホールでありました。

今まで家ではトライしてもとてもホールではやる事のなかった事もチャレンジでき、引き出しをいくつも得る事が出来た様に思います。

意外にも自分でそれを実感しないとその技術は物にならない。

もう一度原点に帰り、バッハでそのホールから教わった技術を確かめる作業を始めています。

どんな音楽性を持っていても、表現力がどれほど豊かでも、それを音や音楽にするのは技術だけ。
基本が全てを可能にしてくれると信じています。