モーツアルトを弾くという事

明日からモーツアルトのバイオリン協奏曲のレコーディングが始る。
それもかなりの小編成でのオーケストラでのレコーディング。
チェロは僅か2本。


かなりのチャレンジだと思ってる。


と言うのは、チェロ2人ではどんな曲だって難しいけれど、特にモーツアルトはごく僅かな音程のズレ、音色のズレ、音のスピードの違い、心の方向性のズレによって全く録音として残せない程の致命的な傷になってしまうから。


例えば協奏曲第5番。最初の「ラ」の四分音符。アレグロでフォルテという情報しかない。その音1つを二人で出す時に弓の速度が違うといくら音程が合っていても濁る。しかもこの曲を持つテンポにマッチする音のスピード感、弓の早さを揃える事がなかなか難しい。
ここまでこだわってどうする?と思われるかもしれないけど、1人1人の出す「ラ」の音の倍音が違った方が厚みが出るのか、それとも濁るのか、これはやってみてプレイバックを聴かないと判断が出来ない。合えばいいと言う事でもなく、何を求めるかによっても二人の弾き方を多少変える必要が出て来る。
そしてその上にコントラバスとのバランスが重要な事になってくる。


そんな事を思うと1ヶ月かけても最後まで行かない。
なのでそこは二人でシビアに瞬間瞬間を調節して行かなければならないと覚悟している。そして音楽は自然に、なんて言うともはや身動きが取れない気がして来る。そんな中でソロを弾くYはとても人間じゃない。凄い精神力と技術を持つ彼だからやり遂げる事になんの疑問も持っていないけど、凄い仕事だと思う。でも彼の為にも僕らは出来る事は100%以上やらないと申し訳ない。


チェロが2人の時より3人の時の方が少し楽なのかもしれない。
2人の間を取り持つ人がもう1人いるだけでかなり幅も出来るし、逆に音の持つスピード感と和声感、フレーズやディレクションの感じが合っていればかなりいい感じになるとは思うけど、2人はシビアだと思う。いいチャレンジの機会を与えて頂いたと思う。もう1人のチェロはは門脇くんと言うバリバリの若手。最近ヨーロッパから帰って来たばかりだ。
門脇君の技術、そして感性で取り入れられる事は吸収したいと思っている。


この小編成のオーケストラは気心の知れた最高のメンバーで構成されているから、普通であればリハーサルや本番の後は何時間でも話したり笑ったり出来る。
でもレコーディングはそうはいかないと思う。
楽しく良いレコーディングが出来ると確信しているけれど、背負うプレッシャーは相当な物だと思う。


でも、この年齢になっても崖っぷちに追い込まれるような仕事が出来る事にただただ感謝するのみだ。


明日の朝、水戸芸術館に向う。
しばらく帰らない。