寂しい これ以外に言葉はない

最後のロースカツ

「歳を重ねると言う事は多くの物を失うという事だな」

今日一緒に最後のローストンカツを食べに行った親友との結論。
今日をもって我々の心と身体を支えてくれていた隠れた名店「睦己」が閉店する。
今日の肉はこれまた半端でなく、最後として、伝説として語り継ぐ事すらためらう程の素晴らしさだった。
「27年間ご苦労様」と親友と買った27本のバラを置いて店を後にした。
これでロースのトンカツを食べる事は一生ない。
ここに高らかに宣言する。


店主が言っていた。
「22年か23年前、俺が初めて客にしゃべったのはお前らなんだよ。正直、1600円のトンカツをよく二人で食べに来ていて、若いのによく金が続くな、しかも昼間だったり夜だったり、この二人は何者だとずっと思っていて、『お前ら普段なにしてんだ?』と聞いたのが客に話しかけた初めての事だったんだよ」と。


確かにあの頃お金はなかったけど、お金が入ると「とんかつ行こう」と言って通ったものだ。


明日、カザルスホールで最後の演奏会がある。
学生時代に完成して、自分の師匠を始め多くの仲間がリサイタルをして、僕もリサイタルをした。
単なる想い出ではない。僕の血や肉を作り上げたと言っても過言ではない重要なホールだった。
今日、親友が言っていた。
「明日カザルスホールに行ったらびっくりすると思うよ。もうカザルスの魂はないよ。ショックだよ」と。
そのカザルスホールに別れを告げに、また響きを耳に焼き付けながら弾こうと思う。


生きる事、歳を重ねる事、多くの事を得る代わりに同じだけ悲しい別れがある。