トンカツ論 第4章 最高の物から伝説へ

今まで散々「むつみ」というトンカツ店がいかに素晴らしく、僕の一ヶ月に1回の生き甲斐であったかを述べて来た。トンカツを語るのにはここのトンカツを語る事以外無意味だと思ったからだ。僕はトンカツが好きで、いろんな名店と言われる所にもかなり行った。でも「むつみ」はちょっと群を抜いていた。もちろん僕が訪れた事がないトンカツ店でもっと素晴らしい所はあるかもしれないし、個人個人好みもあるだろう。だからここには僕の独断と偏見で書かせて頂いた。


その独断と偏見で書いてきた「むつみ」が3月をもって閉店する。


言い過ぎと思われるだろうけど、僕はここのトンカツに出会い、このトンカツで育てられた。店主の毎回のトークに学ぶ事も多かった。彼は言った。
「トンカツを揚げる技術なんて大した事じゃない。1番大切なのは『仕込み』なんだよ」
「俺は27年この店をやっているけど、未だに夜の部の開店時間になるとドキドキしてもの凄く緊張するんだ」
楽家の我々にとっても
「1番大切なのは練習なんだ」
「お客さんが一人でも、どんなに簡単な曲を演奏するのもどんなに難しい曲を演奏するのも同じぐらい緊張する」
という事を改めて言われた気がする。


27年の間に今から12年前、店舗を全面改装した。それは前の店舗からフル・オープンにして、すべての仕事ぶりをお客さんに見せる事によって自分をわざわざ追い込んだ。
座席は10席ほどだが、アルバイトを雇う事もなく、たった一人で勝負してた。前の店舗から収入は3分の1になったと言っていた。
鉄鍋一つの温度をしょっちゅう調節して、ご飯を少量をしょっちゅう炊き、ひたすら揚げていた。
当然噂が噂を呼んで、雑誌、新聞、テレビの取材が来た。27年、全て断ったそうだ。


先日、22年間通いつづけた部分でも親友である矢部さんと「むつみ」で涙を浮かべながら食べた後約束をした。
この店が閉まったら、もうロースのトンカツは引退しようと。二度と口にしない。カツ丼を食べたり、串揚げを食べたりはするだろう。でも決して2度とロースのトンカツは食べる事はない。それが「むつみ」及び店主に対しての感謝の行動である。これは本当である。タバコを止める事より辛いかもしれない。でもそれが僕らの気持ちなのだ。

そしてこの「むつみ」のロースは僕たちの心になんの邪魔する事なく永遠に残り、そして伝説になるのである。